左房機能評価に役立つ心エコーアプリケーションCardiac Application for the assessment of Left Atrial Function

  • 平野 貴史郎Takashiro Hirano
  • 井上 真也Shinya Inoue

富士フイルムヘルスケア株式会社

左房機能は左室の負荷を鋭敏に反映する指標であり、ASE/EACVIガイドラインでも心不全の診断に大変重要視されている。当社超音波診断装置には、左房機能評価に有用な独自のDual Gate Doppler機能、再現性や検査効率の向上をめざしたAI技術*を活用した自動計測機能など対応しており、本稿では形態評価だけでなく機能評価まで対応可能なアプリケーションの紹介を行う。

Left atrial function is an index that sensitively reflects the load on the left ventricle, and is very important for the diagnosis of heart failure described in the ASE / EACVI guidelines. Our ultrasonic diagnostic systems support not only morphological evaluation but also functional evaluation with such as a unique Dual Gate Doppler function that is useful for left atrial function evaluation, and an automatic measurement function that utilizes AI technology** aimed at improving reproducibility and efficiency. Introduce possible applications.

Key Word

  • Left Atrial Function
  • LA Strain
  • Heart Failure
  • Atrial Fibrillation

目次

1 はじめに

日本は現在、超高齢社会に突入しており、65歳以上の人口は、2030年には3人に1人、2055年には5人に2人にまで増加すると推定されている。それに伴い、心不全の新規罹患数が増加することが予想されており、2030年には約130万人に達すると報告されている1)。また、心房細動も加齢とともに有病率が高くなり、今後は心不全と心房細動を合併した患者が増加すると予想されることから、心房細動でも心不全の正確な診断が重要となる。

心エコーによる心不全のステージ診断において、ASE/EACVIガイドライン2)でも左房サイズ(左房容積係数(LAVI)>34ml/m2)は大変重要視されている。左房サイズは形態的指標でありながら、左室拡張機能を反映し、予後予測因子でもある。左室拡張機能障害の進行に伴い左房の拡大も進行することから3)、左房サイズは左室の負荷を鋭敏に反映する指標であると言える。心血管イベント予測の観点から左房径(LAD)、左房面積(LA area)、LAVIを比較した検討では、LAVIが最も良い左房拡大指標であると結論づけられた4)。本稿では左房機能を簡便かつ再現性良く評価できるアプリケーションの紹介を行う。

2 LAVIの自動計測

当社超音波診断装置には、AI技術*を活用した心機能自動計測パッケージが搭載されている。機械学習を用いた画像認識技術に基づいており、4つの心腔の断層像に対して心内膜トレースから計測までの操作を自動で高速に行うことができる。

本機能の原理について詳しく説明する。われわれは最初に、超音波検査士によって、過去に臨床現場で取得した数千例におよぶ心臓画像に対して完全マニュアルによるトレースを行った。この画像とトレース座標データを教師データとする。これらには、3種類の断面(心尖部二腔像(A2C)、三腔像(A3C)、四腔像(A4C))と4種類の腔(LV,LA,RV,RA)と2種類の時相(拡張末期と収縮末期)のそれぞれの組み合わせの教師データが含まれている。

それぞれの断面と腔と時相の組み合わせに対して機械学習演算を行い、その腔の形状や画像輝度の特徴を表すもっともらしい規則を抽出する。この学習済データを予め診断装置に記憶しておく。

認識するときは、学習済データから腔の特徴を表す学習結果を参照しながら、画像上でトレース線を徐々に変形させて適切な形状を抽出する(図1)。そして、このトレース線に基づいてModified Simpson法を適用して容積計測を行い、結果を表示する。

本機能の有効性を確認するために、臨床で収集した約1,500 例(A4C の拡張末期および収縮末期)に対する認識テストを行った。図2に示すように、マニュアルトレースとオートトレースの間で高い相関を得た。また、フリーズ後におけるマニュアルトレースによる計測時間と、オートトレースと修正操作を組み合わせた計測時間を比較すると1/2に削減できた。

図3は、実際の左房の自動計測である。左房にフォーカスした四腔像を撮像し、フリーズして収縮末期を自動表示し、左房容積計測ボタンを押すだけで左房内腔のトレースが完了する。同様の操作で二腔像でも自動計測することで、LAVIの計測結果を簡単に得ることができる。

図1 機械学習による輪郭抽出
図1 機械学習による輪郭抽出
図2 オートトレースとマニュアルトレースによる容積値の比較
図2 オートトレースとマニュアルトレースによる容積値の比較
図3 左房の自動計測
図3 左房の自動計測

3 Dual Gate Dopplerによる左房圧推定

LAVIは有用な左房拡大指標であるが、一方で、特に左房圧推定においてはその限界が指摘されている5)。利尿剤の投与などによって左房圧が低下しても、LAVIは容易に改善しないことから、より鋭敏な左房圧推定の探究が進んでいる。左房圧推定はE波流入速度・三尖弁逆流速度・左房面積の3要素から算出する必要があり、煩雑さから日常の心エコー検査に取り入れることが難しい。ASE/EACVIガイドライン2)では僧帽弁口血流速波形の拡張早期波形E波と僧帽弁輪部(e’)の拡張の開始時間の時間差(TE-e’)を計測することを推奨している。当社のDual Gate Doppler(DGD)を使えば、DGDから得られるE波とe’の立ち上がり時間差(TE-e’)は左房圧推定に有用とされ、TE-e’>34msでは肺動脈楔入圧>12mmHgと報告されている6)。DGDは、任意の2か所のドプラ波形を同時に観察することが可能であり(図4)、自動的に左室流入路および僧帽弁輪の位置にそれぞれサンプルゲートを設定し、同一心拍でTE-e’の評価が可能である。図5はTAVI(transcatheter aortic valve implantation:経カテーテル大動脈弁植込み術)前後におけるTE-e’の変化を示しているが、健常例ではe’の方がE波よりも早く開始するのに対し、TAVI前では左房圧が高いためe’の動きに先行してE波が開始し、TAVI直後では左房圧が低下したことによりe’の動きとE波はほぼ同じタイミングとなっている。左房圧の変化を、弁輪と血流の速度波形を同一心拍で時間計測することにより簡便、かつ再現性良く推定できると期待されている。

図4 DGDによる任意の2か所のリアルタイム同時表示
図4 DGDによる任意の2か所のリアルタイム同時表示
図5 TAVI前後におけるTE-e’の変化
図5 TAVI前後におけるTE-e’の変化

4 左房容積の時相変化の計測

最大左房容積(LAVmax:LAVI)よりも心房細動の発症予測に優れた指標として報告されているのが最小左房容積(LAVmin)である7)

当社の超音波診断装置に搭載されている“2D Tissue Tracking”(2DTT)は左房容積の時相変化をダイナミックにトラッキング可能である(図6)。左房は、心電図のQRS波のR波の始点でLAVmin、T波の終わりにLAVmax、U波の前にpre-Aの時相(左房収縮直前)の容積(LAVpre-A)へと変化する。そして、LAVmin、LAVmax、LAVpre-Aの境界時相の容積は、それぞれ左房のreservoir(貯留)機能、conduit(導管)機能、booster pump(後押し)機能を表している。また、LAVmaxとLAVminから求められるLA emptying fraction(LAEF)は、総合的左房リザーバ機能指標とされており(基準値:LAEF<50%)、左房容積とLAEFの組み合わせは、心房細動の出現予測に有用であることが報告されている8)

図6 2DTTによる左房容積変化
図6 2DTTによる左房容積変化

5 左房GLSによる線維化の評価

左房リモデリングは、左房壁線維化の進行によりリザーバ機能およびポンプ機能の低下、左房壁肥大、左房拡大へと進行すると言われている。心房の線維化を直接診断する方法として、MRIの遅延造影による定量化法が報告され注目されているが、再現性に乏しいことが課題となっている。

一方、心エコーによる左房の線維化の指標として、Global Longitudinal Strain(GLS)が検討されている。GLSは、左室の線維化指標として知られているが、左房においても同様の研究が行われており、軽度と重度の線維化を左房GLSにより区別できることが報告されている9)

左房ストレインは、LAVIよりも負荷の影響を受けにくいことが特長である。2DTTには左房用のテンプレートが用意されており、左房GLSを自動で計測することができる(図7)。左房GLSの正常値は>39%であるが、本症例は15.7%と低下しており、線維化が進んでいることが予測される。左房圧上昇の基準値は20%、アブレーション後の洞調律維持予測は19.5%であるため、GLS<約20%が左房ストレイン悪化のカットオフ値であると考えられる。また、HFpEF(LVEFが保たれた心不全)の診断における左房評価についても、構造的評価としてLAVI>34ml/m2、機能評価として左房GLS<20%を基準値とすることが提唱されている10)

図7 2DTTによる左房ストレイン
図7 2DTTによる左房ストレイン

6 心房細動例における高い再現性評価を可能にするR-R Navigation

心不全に関連する心房細動、不整脈のような不規則な心拍の場合には、先行R-R間隔(RRp)と先々行R-R間隔(RRpp)がほぼ等しくなる次の心拍を測定すると、1心拍の計測で高い再現性が実現できることが知られている4)。R-R Navigation機能(図8)はRRpとRRppの間隔を検出し計測に適したな心拍を自動で検出可能である。安定した心拍で評価することで再現性の高い計測が可能となり、臨床現場での有用性が期待されている11)-14)

図8 R-R Navigation機能
図8 R-R Navigation機能

7 経食道心エコーによる左心耳機能評価

左心耳機能評価に当たっては、経食道心エコー(TEE)による左心耳内血栓のリスク評価が期待されている。図9は、当社のTEEプローブによる実際の画像であるが、3Dエコーでの形態評価や2DTTによる壁運動評価、“Vector Flow Mapping(VFM)”による血行動態評価が可能である。

図9 左心耳の形態、機能評価
図9 左心耳の形態、機能評価
*
AI技術のひとつである機械学習を用いて開発・設計したものです。導入後に自動的に装置の性能・精度は変化することはありません。
**
The technology was developed and designed using machine learning, one of the AI technologies. The performance and accuracy of the system does not automatically change after implementation.

参考文献

1.
Okura Y., et al,: Circ J. 2008 Mar;72(3):489-91.
2.
Nagueh S.F., et al.: Recommendations for the Evaluation of Left Ventricular Diastolic Function by Echocardiography: An Update from the American Society of Echocardiography and the European Association of Cardiovascular Imaging. J. Am. Soc. Echocardiogr., 29(4): 277-314, 2016.
3.
Tsang, T.S.M., et al.: Am. J. Cardiol., 90(12) : 1284-1289, 2002.
4.
Tsang, T.S.M., et al.: J. Am. Coll. Cardiol., 47(5) : 1018-1013, 2006.
5.
Huynh, Q.L., et al.: J. Am. Soc. Echocardiogr., 28(12) : 1428-1433.e.1, 2015.
6.
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Fatema, K., et al.: Eur. J. Echocardiogr., 10(2) : 282-286, 2009.
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Kusunose, K., et al.: Clinical Utility of Single-Beat E/e’ Obtained by Simultaneous Recording of Flow and Tissue Doppler Velocities in Atrial Fibrillation With Preserved Systolic Function. JACC VOL.2, NO.10, 2009OCTOBER2009 : 1147-56
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山田博胤, 他 : Dual Doppler法を使った左室拡張能の評価. Rad Fan Vol.6 No.3(2008): 1-4.
13.
Wada, Y., et al.: Simultaneous Doppler Tracing of Transmitral Inflow and Mitral Annular Velocity as an Estimate of Elevated Left Ventricular Filling Pressure in Patients With Atrial Fibrillation. Circulation Journal Vol.76, 675-681, 2012.
14.
Sugahara, M., et al.: Prognostic Value of Time Interval Between Mitral and Tricuspid Valve Opening in Patients With Heart Failure. Circulation Journal Vol.83 : 401-409, 2019.