2D Tissue Trackingにおける計測精度とワークフローの改善技術Technologies for improving accuracy and workflow of 2D Tissue Tracking

  • 長野 智章Tomoaki Chono
  • 伊勢 一昌Kazumasa Ise
  • 徳留 亘Wataru Tokudome
  • 中村 雅志Masashi Nakamura
  • 平野 貴史郎Takashiro Hirano

富士フイルムヘルスケア株式会社

心エコー検査において、Global Longitudinal Strain(GLS)の計測は、ルーチン検査の一部として取り入れられつつあり、高い計測精度と簡便なワークフローが求められている。当社では、GLSを含むストレインや容積を計測するアプリケーションとして、2D Tissue Trackingソフトウェアを提供している。新しく、トラッキングアルゴリズムの改善と、AI技術を活用した自動化機能をLISENDO 880LE/ARIETTA 850シリーズ/ARIETTA 750シリ―ズに搭載し、より日常臨床への適用を容易にした。本稿では、これらの技術と性能について述べる。

In echocardiography, measurement of Global Longitudinal Strain (GLS) is being adopted as part of routine examinations, and high measurement accuracy and a simple workflow are required. We offer 2D Tissue Tracking software for strain and volume measurement applications including GLS. LISENDO 880LE/ARIETTA 850 series/ARIETTA 750 series are newly equipped with an improved tracking algorithm and an automation function that utilizes AI technology, making it easier to apply to daily clinical practice. This paper describes these technologies and their performance.

Key Word

  • Echocardiography
  • 2D Tissue Tracking
  • Global Longitudinal Strain
  • Machine Learning

目次

1 はじめに

GLSは、Ejection Fraction(EF)と比較して、左室心筋障害の鋭敏な指標であり、その有用性や計測の安定性が証明されてきた。近年では、がん治療関連心機能障害、心アミロイドーシス診断への有用性が示されてきており、診断ガイドラインにも取り込まれてきている1)。ルーチン心エコー検査の一項目として計測されるようになってきたが、計測値のばらつきが大きいことや、手間がかかることなどの問題が指摘されている。

当社では、2004年より2D Tissue Trackingとしてストレイン計測アプリケーションを製品化してきた。また、ASE/EACVI Strain Standardization Task Forceに参画し、ストレイン計測の標準化に準拠した計測方式を提供している。それと同時に、実際の検査場面に対しては、ノイズ等に対するトラッキングの安定性や操作簡便性を向上させてきた。本稿では、これまで重ねてきた、トラッキングアルゴリズムの改良による計測精度改善と、AI技術を活用した自動化機能によるワークフロー改善について述べる。

2 トラッキングの精度と速度の向上技術

トラッキングの精度と速度を向上させるために、トラッキングアルゴリズムを改良した。ノイズに対する安定性向上を目的として、心筋内に多数のトラッキング点を設定し、これらのトラッキング結果から心筋輪郭のストレインを算出するFull wall tracking方式を採用した。新しいアルゴリズムの概要を示す。

  • 多数点のトラッキング:図1のように、心筋近傍の領域において多数のトラッキング点を設定してトラッキング処理し、それぞれの動きベクトル(黄矢印)を算出する。
  • トラッキングの安定化:次に、図2のように、トラッキング点の座標の動きベクトルから心筋の輪郭点上の動きベクトルを算出する(赤緑黄矢印)。各色の配列は、内膜、中層、外膜に相当する。ここで、図1の多数のトラッキング点の動きベクトルの中には、本来と動きが異なるトラッキングエラーも含まれている。そこで、エラーベクトルの除去と平均化を行うことによって、エラーの影響を低く抑え、近傍の動きベクトルが揃うような安定したトラッキングを実現している。
  • ストレインの計測:図2の輪郭点から、それぞれ内膜ストレイン、Transverseストレインを直接計測することが可能になっている。図3は、装置上のGLS計測結果であり、輪郭線、グラフとも安定して計測されるようになった。

多数の点をトラッキングするには計算時間がかかるが、画像輝度のパターンマッチング演算にかかる計算量を減らす工夫を取り入れ、1心拍あたりの処理時間を2秒に短縮した。

図1 心筋近傍の多数の点をトラッキングして算出した動きベクトル
図1 心筋近傍の多数の点をトラッキングして算出した動きベクトル
(収縮期、ベクトルの長さは実際の10倍で表示)
図2 図1の動きベクトルから算出した内膜、中層、外膜の動きベクトル
図2 図1の動きベクトルから算出した内膜、中層、外膜の動きベクトル
(図1と同一時相、ベクトルの長さは実際の10倍で表示)
図3 GLS計測結果画面(GLS=-23.8%)
図3 GLS計測結果画面(GLS=-23.8%)

3 AI技術を活用したGLS計測の自動化技術

ストレイン計測を日常の検査項目として取り入れられるようにするためには、有用性だけでなく、計測の簡便化、短時間化の課題を解決する必要がある。GLS計測では、心尖二腔像、心尖三腔像、心尖四腔像を描出して、それぞれの心筋境界部分をトレースする。具体的には、描出された断面の種類をメニューから手動で選択し、その断面の種類に基づいて、心筋の境界部分を手動トレースする。その後、トラッキング開始してストレイン値を算出、表示する必要があった。

図4に示すように、断面種類の認識とトレースそれぞれの手順を、AI技術を活用した自動化機能によって置き換える。最初に、動画像に対して、断面種類の学習済データを参照しながら断面種類の認識を行う。次に、断面種類に応じたトレース線の学習済データを参照しながらオートトレースを行う。最後に、トレース線に対してトラッキングを行い、計測値を算出する。これらの一連の処理を自動で行う。図5は、画像読込後にオートトレースまで処理した結果の画面である。画像読込後、およそ4秒程度で、1断面1心拍分の計測結果を表示できる。一方、手動計測や修正操作を必要とする場合にも配慮し、断面認識、オートトレースの自動と手動の切り替えも可能になっている。

図4 AI技術を用いた2D Tissue Trackingの自動処理の流れ
図4 AI技術を用いた2D Tissue Trackingの自動処理の流れ

自動化機能を構成する断面認識機能とオートトレース機能について説明する。

  • 断面認識機能

    画像を読み込むと同時に、装置が断面の種類を認識して、その種類を自動設定するようにした。Deep Learning技術を用いて、あらかじめ各種断面を含む約1,500枚の画像輝度を学習したデータが装置に記憶されている。計測対象の画像が読み込まれると、画像輝度を用いて、学習済みデータを参照しながら、心尖二腔像、心尖三腔像、心尖四腔像のいずれであるかを推論する。各断面の認識率は約97%である。

  • オートトレース機能

    断面の種類に基づいて、心筋境界部分をトレースするが、煩雑な操作であり、検者間の計測値のばらつきも問題になる。これらを軽減するために、オートトレースによる計測の再現性向上に取り組んでいる。

    AI技術の一つである機械学習アルゴリズムを用いて、あらかじめ断面の種類毎に約1,500枚のトレース線を学習したデータが装置に記憶されている。計測対象の画像輝度を用いて、学習済データを参照しながら、心筋境界の適切な位置にトレース線を設定する。マニュアルトレースによる計測時間と、オートトレースと修正操作を組み合わせた計測時間を比較すると1/2に削減できた。

図5 断面認識とオートトレース処理後の画面
図5 断面認識とオートトレース処理後の画面
(View欄に4chと、トレース線が自動設定される)

4 GLS計測値の変動性と再現性の評価

改善の効果を確認するために、新旧のトラッキングアルゴリズムに対して、変動性と再現性の評価を実施した。図6に、群馬県立心臓血管センターにて取得した健常5例に対して、検者5人(A~E)でGLSを計測した結果を示す。取得した画像は、心尖二腔像、心尖三腔像、心尖四腔像それぞれ1心拍で、合計15枚の動画像である。

従来方式では、拡張期からトラッキングを開始した場合、途中でノイズ等の影響により輪郭線の凹凸が発生すると、収縮期の輪郭線長が本来より長くなるため、拡張収縮比であるGLSが低下することがあった。本改良によりノイズに対する安定性が増したため、検者によらず収縮期の輪郭線長をより正確に計測でき、その結果、全例で平均したGLSは、従来の-16.5%から-19.7%へ向上した。

検者間相対平均誤差は、4.8%であり、従来4.2%と概ね同等であった。検者間による変動性は従来と同様である。これらのGLS平均値と検者間相対平均誤差は、ASE/EACVI Inter-Vendor Comparison Study I2)における全メーカの平均値と概ね同等であることが確認できた。

図6 検者A~Eによる改善前後でのGLS計測値
図6 検者A~Eによる改善前後でのGLS計測値

5 まとめ

トラッキングアルゴリズムの改良による計測精度改善と、AI技術を活用した自動化機能によるワークフロー改善について紹介した。安定性向上による適用症例の拡大と、短時間化による日常臨床での適用機会の拡大に貢献できると考える。一方、ストレイン計測は、現在も新しい診断指標の適用やワークフロー改善が継続的に求められており、引き続き性能向上と機能拡張に取り組んでいく。

謝辞:本機能の開発に関し、画像のご提供およびご指導いただきました群馬県立心臓血管センター岡庭裕貴技師に厚く御礼申し上げます。

※AI技術のひとつである機械学習を用いて開発・設計したものです。実装後に自動的に装置の性能・精度は変化することはありません。

販売名: 超音波診断装置 ALOKA*1 LISENDO*2 880

医療機器認証番号: 228ABBZX00092000

販売名: 超音波診断装置 ALOKA ARIETTA*3 850

医療機器認証番号: 228ABBZX00147000

販売名: 超音波診断装置 ARIETTA 750

医療機器認証番号: 301ABBZX00007000

*1 ALOKAは、日本レイテック株式会社の登録商標です。
*2 LISENDO、*3 ARIETTAは、富士フイルムヘルスケア株式会社の登録商標です。

参考文献

1)
大手信之:2021年改訂版 循環器超音波検査の適応と判読ガイドライン:日本循環器学会, 2021
2)
Farsalinos K, et al.: Head-to-Head Comparison of Global Longitudinal Strain Measurements among Nine Different Vendors The EACVI/ASE Inter-Vendor Comparison Study, Journal of the American Society of Echocardiography, 10:1171-1181, 2015