超音波診断装置における減衰計測の改善Improvement of attenuation measurement in ultrasound diagnostic equipment

  • 西山 知秀Tomohide Nishiyama
  • 坂下 肇Hajime Sakashita
  • 脇 康治Koji Waki
  • 園山 輝幸Teruyuki Sonoyama

富士フイルムヘルスケア株式会社

当社の超音波診断装置ARIETTA※1シリーズでは、超音波の減衰を利用したAttenuation Measurement(ATT)を搭載し、脂肪肝の評価にアプローチしている。近年、生活習慣の変化に伴う脂肪肝の急激な増加傾向にあり、肝生検にかわる脂肪肝の評価法として超音波検査が注目されている。そのような背景の中、さらなる臨床ニーズにこたえるべくATTの精度向上と撮像の簡便化の改善を行った。改善後のATT(iATT)は、Echosens社のCAP(Controlled Attenuation Parameter)における高度脂肪肝症例との相関性も高まり、さらに観測ROIの設定も簡便になったことから、より多くのユーザにご使用いただけると考える。

Our ultrasound diagnostic equipment ARIETTA※1 series have an Attenuation Measurement (ATT) function that uses the attenuation of ultrasonic waves to evaluate the fatty liver. In recent years, fatty liver has been increasing rapidly with changes in lifestyle, and ultrasound diagnose has been attracting attention as an alternative method for evaluating fatty liver to liver biopsy. Under these circumstances, we improved the accuracy of ATT and the simplification of the workflow to meet further clinical needs. The improved ATT (iATT) has a higher correlation with severe fatty liver cases in CAP (Controlled Attenuation Parameter, Echosens), and the measurement ROI can be set more easily. We believe that these improvements have made it a useful function for more users.

Key Word

  • Steatosis Liver
  • Attenuation Measurement
  • CAP
  • MRI-PDFF

目次

1 はじめに

生活習慣の変化に伴う、肥満、糖尿病、高血圧、脂質代謝異常などの増加を背景に、近年メタボリック症候群が医学的、社会的にも注目されている。肝臓への脂肪の蓄積(脂肪肝)はメタボリック症候群に高頻度に合併すると言われている。脂肪肝はアルコール性(ASH)と非アルコール性(NAFLD)の2種類に大きく分類される。NAFLDには、肝硬変や肝癌に至る進行性の一群 (NASH)があり、NASHはNAFLD全体の約1~2割を占めるとされている1)

従来、脂肪肝の診断においては、肝生検が用いられてきたが、侵襲性、サンプリングエラー、判定者による結果のばらつきなど課題があり、肝生検に代わる脂肪肝の客観的な評価法が求められてきた。

近年、非侵襲的に肝臓に含まれる脂肪の割合を求める技術であるMRI-PDFF(magnetic resonance imaging-proton density fat fraction)が肝生検に代わりうるものとして認識されるようになった 2)。MRI-PDFFは診断精度が高い反面、設置施設、被検者の制限、被検者への検査負担(費用・時間)など、小規模施設での実施やスクリーニング適用には課題がある。

また他の技術として、非侵襲的に評価が可能で、簡便性、分解能が優れている超音波の減衰特性を応用した脂肪肝の定量化が注目されている。当社においても、生体内で減衰する信号振幅を元に減衰量を求めるAttenuation Measurement(ATT)を2017年より製品化している。

2 ATTにおける改善

当社ATTは、臨床使用を積み重ねることにより、高度脂肪肝症例での精度低下が課題として挙げられた。Bモードの視認性が良好なケースにおいては、超音波減衰も深部まで緩やかに単調減衰し、比較的安定した減衰計測が可能であった。しかしながら、脂肪蓄積が進んだ症例においては、深部になるほど単調減少傾向の受信信号を得られず、精度低下がみられた。これは、肝組織内の脂肪滴による減衰の周波数依存等の影響や、視認性の低下にともなう構造物の混入による想定外の散乱が主要因であると考えられた。

このようなことから、深部での信号劣化の要因の排除や演算方式の見直しをすすめ、アルゴリズムの改善を行った。改善したATTは、ARIETTA850/750シリーズにおいて、iATTとして搭載される(図1)。

深度解析範囲のガイドグラフィック表示追加や解析幅の狭域化を行い、撮像時にユーザが肝表面の多重反射や血管等を避けて計測できるようにワークフロー(WF)にも配慮している。

開発概要は表1に示し、(a)-(d)の詳細は各項にて説明する。

図1 ARIETTA 850外観とiATT*1
図1 ARIETTA 850外観とiATT*1
  項目 概要
(a) 解析範囲の見直し 深度解析範囲を35mm~75mmに変更
(b) 送受信ビームの調整 生体から単調減少信号を受信するための送受信ビーム調整
(c) 減衰計測方式見直し テーブルリファレンス方式の導入
(d) WF改善 ガイドグラフィックの深度解析範囲の明示、解析幅の狭域化

表1 ATT改善における開発項目

  1. 解析範囲の見直し

    性能改善の検討にあたり、高度脂肪肝症例での精度低下について調査した。脂肪滴による減衰の周波数依存等の影響や、視認性の低下による構造物の入り込み、想定外の散乱などにより深部信号に生じる振幅変化のひずみが減衰計測に影響を及ぼしていることが主要因であった。そのため、適切な解析範囲を決定することが最も重要であることがわかった。

    大垣市民病院との共同研究の中で、適切な解析範囲について検討を行った。検討対象は、大垣市民病院臨床研究審査委員会、および富士フイルムヘルスケア生命科学倫理審査委員会により承認を得た後、研究に同意を得た被検者30名の画像情報である。対象画像は、完全匿名化した後、減衰計測における超音波の振幅情報のみを抽出して解析を行った。検討にあたり、信号ばらつきの大きさと、無効データ率から解析範囲を評価した。

    信号ばらつきの大きさは、10回計測の標準偏差を平均値で割ったばらつき率(%CV:coefficient of variation)とした(図2 左軸)。減衰係数0.4dB-1.2dB以外を無効データと定義し、データ全体に対する無効データの割合を無効データ率とした(図2 右軸)。

    結果として、解析範囲が長くなるほど、%CVは減少して安定性が増し、一方で無効データ率が多くなり、トレードオフの関係であることが分かった。以上のことから、減衰の解析範囲は%CVが10%程度にとどまり、無効データ率が3%程度となる40mmが妥当であることがわかり採用した。

    図2 解析範囲と%CVの関係
    図2 解析範囲と%CVの関係
    解析範囲の中心位置を55mmに固定し、解析範囲の長さを10mm間隔に20mm~60mmの範囲で変更したときの解析データのばらつき(%CV)について検討を行った
  2. 送受信ビームの調整

    超音波は、送信する信号の周波数が高くなるほど、また伝搬する深度が深くなるほど減衰する。減衰計測では図3のように深度方向に小さくなる信号の振幅から減衰する量(減衰係数)を計算している。減衰係数の単位はdB/cm/MHzで表される。

    一方で、超音波診断装置上で表示される画像は、観測部位が浅部から深部にかけて均一な輝度で明瞭に描出されるようにフォーカスや受信信号のゲイン調整を行っている(図4 青波形)。しかしながら、前述のとおり、減衰計測は生体組織で生じる振幅減衰から減衰係数を求めているため、解析範囲の深度方向のビーム幅や音圧などの変化が少なく、生体組織からの振幅減衰をそのままとらえた受信信号が適していると考えた(図4 赤波形)。そこで、フォーカス位置とビーム幅を調整することで解析範囲の信号特性を均一にし、受信ゲインを解析範囲の振幅が単調減少するように調整することで、減衰計測に適した受信信号が得られるようになった。

    図3 減衰計測
    図3 減衰計測
    図4 一般的なBモード画像の受信信号と減衰計測用に調整した受信信号
    図4 一般的なBモード画像の受信信号と減衰計測用に調整した受信信号
  3. 減衰計測方式見直し

    超音波における減衰計測では、信号振幅から減衰量を求めているが、対象となる生体組織の減衰量がわからないため基準となる信号(リファレンス)が必要となる。

    減衰係数を求めるためのリファレンスとして、異なる周波数の実信号を用いる実信号リファレンス方式と既知のテーブルデータを用いるテーブルリファレンス方式がある(図5)。

    実信号リファレンス方式(2周波法)は、比較的構造物の影響を受けにくいメリットがあるが、2つの送信周波数の特性を合わせるための調整に時間を要する。テーブルリファレンス方式は、体表脂肪におけるフォーカス特性や、横隔膜などの構造物の影響が数値に反映されやすいデメリットがあるが、比較的容易に調整が可能なメリットがある。

    今回、解析区間やWFの改善に伴い構造物の影響が軽減可能なことから、4MHzの生体信号に近似した減衰振幅信号を作成し、テーブルリファレンス方式を採用している。

    いずれの方式も、受信信号とリファレンス信号から減衰係数を求めるものであり、現時点では、どちらの方式が臨床使用上優位であるかは明確になっていないため、今後も検討が必要である。

    図5 超音波における減衰計測法
    図5 超音波における減衰計測法
  4. WF改善

    減衰計測を精度よく行うためには、体表脂肪、肝表面からの多重反射、血管や横隔膜などの構造物、そしてシャドーを解析範囲に含めないことが重要となる。

    上記を除外するためには、リアルタイム撮像時にユーザがこれらの影響を画面上で確認しプローブ操作することが重要となる。また、減衰計測はコンベックスプローブを用いるため、スキャンラインの広がりについても視認できる必要がある。

    そこで、以下に示すようなガイドグラフィックと解析幅の狭域化を行うことでWFの改善に取り組んでいる(図6)。

    ①解析範囲上端のガイド追加 : 体表脂肪、肝表面からの多重の影響回避

    ②解析範囲の狭域化: 構造物、シャドーの影響回避

    図6 ガイドグラフィック
    図6 ガイドグラフィック
    上端と下端のガイドグラフィックは、コンベックスプローブのスキャンラインの広がりを考慮した解析幅をガイドラインの長さとして描画

3 改善効果の確認

減衰計測の臨床での改善効果を確認するために、脂肪肝の検査で広く用いられているEchosens社のCAP(Controlled Attenuation Parameter)により分別したデータを用いて、改善前後での比較検討を行った。

パヴィア大学との共同研究で実施した症例(改善前67例2020年12月~2021年5月取得、改善後83例2021年6月~9月)をCAPでの減衰係数が0.75 dB/cm/MHz(CAP値262.5 dB/m相当)を境界としてA群とB群の2群に分け、各群に対して改善前後の減衰係数を計測した。図7にCAPにより分類した各々の群で計測した減衰係数のばらつきを示す。左側がATT(従来)、右側がiATT(改善後)の減衰係数の結果である。本性能改善により、A群とB群いずれにおいても改善後データのばらつきが抑えられ、群間差も明確に弁別可能となる分布を示している。

図7 ATTとiATTの比較結果(パヴィア大学ご提供)
図7 ATTとiATTの比較結果(パヴィア大学ご提供)

4 まとめ

本稿で紹介した性能改善により、高度脂肪肝症例においても適切な減衰係数が計測できるようになった。ガイドグラフィックを見直したことにより、リアルタイム撮像時の解析範囲の視認性が向上し、減衰計測の誤差要因である多重反射や、血管などの構造物を避けたプローブ操作が容易となった。

iATTは、超音波画像を見ながら解析したい位置にガイドを合わせ、ワンボタンで減衰係数を求めることができる直感的なツールとして、幅広いユーザに使用していただけると考える。

最後に、非侵襲かつ簡便な脂肪肝の評価法として超音波検査が注目されている中、iATTが肝臓検査効率化の一助となることを期待している。

謝辞

本稿執筆にあたり、情報提供にご協力をいただいた、共同研究施設である大垣市民病院 消化器内科 熊田卓先生、豊田秀徳先生、同病院 診療検査科 竹島賢治先生、小川定信先生、パヴィア大学 Giovanna Ferraioli先生、並びに研究関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

販売名:超音波診断装置 ALOKA ARIETTA 850※2 *2
医療機器認証番号:228ABBZX00147000

販売名:超音波診断装置 ARIETTA 750*3
医療機器認証番号:301ABBZX00007000

※1
ARIETTAは、富士フイルムヘルスケア株式会社の登録商標です。
※2
ALOKAは、株式会社日立製作所の登録商標です。
*1
画像は現在開発中のものです。製品と異なる場合があります。
*2
ALOKA ARIETTA 850 はARIETTA 850 と呼称します。
*3
ARIETTA 750 LE、ARIETTA 750SE、ARIETTA 750VE は ARIETTA 750 と総称します。

参考文献

1.
日本超音波医学会,脂肪肝の超音波診断基準,2021.
2.
Chalasani N, Younossi Z, Lavine JE, et al. The diagnosis and management of nonalcoholic fatty liver disease: Practice guidance from the American Association for the Study of Liver Diseases. Hepatology. 2018 Jan; 67(1):328-357.