DeepInsightシリーズを支える高画質化技術High image quality technology of DeepInsight series

  • 下野 剛拓Takehiro Shimono
  • 藤井 信彦Nobuhiko Fujii
  • 佐東 佑子Yuko Sato
  • 石原 千鶴枝Chizue Ishihara
  • 山田 哲也Tetsuya Yamada
  • 田中 智彦Tomohiko Tanaka

富士フイルムヘルスケア株式会社

超音波診断装置は現代の医療において欠かせない存在であり、「画質の正確性」、「診断の再現性」、「検査の効率性」の要求は年々高まりつづけている。富士フイルムヘルスケア株式会社は、これらの臨床ニーズにこたえるべく、2022年4月、DeepInsightシリーズ2機種「ARIETTA 850 DeepInsight」、「ARIETTA 650 DeepInsight」を発売した。DeepInsightシリーズは、AI技術を活用して開発したDeepInsight技術をはじめとした新技術により、超音波画像のさらなる高画質化を実現した。本稿では、DeepInsightシリーズを支える新しい高画質化技術について説明する。

Diagnostic ultrasound system has become indispensable in modern medical care, and the demands for "accuracy of image quality", "reproducibility of diagnosis", and "efficiency of examination" continue to increase year by year. To fulfill this market needs, in April 2022, FUJIFILM Healthcare Corporation released two models of the DeepInsight series "ARIETTA 850 DeepInsight" and "ARIETTA 650 DeepInsight." By adopting new technologies such as the DeepInsight technology, a new technology developed by the utilization of AI technology, the DeepInsight series have achieved the next level of high image quality of ultrasound images. This paper will describe the new high quality image processing technologies which supports the DeepInsight series.

Key Word

  • DeepInsight
  • eFocusing PLUS
  • eFocusing LITE
  • Wall Motion Reduction PLUS

目次

1 はじめに

富士フイルムヘルスケア株式会社は、2022年4月、DeepInsight*1シリーズ2機種「ARIETTA*2 850 DeepInsight」、「ARIETTA 650 DeepInsight」を発売した(図1)。ARIETTA 850 DeepInsightは以下の3つの高画質化技術を投入したARIETTA 850を超えるプレミアムレンジの装置である。

  1. ① DeepInsight技術:AI技術を活用して開発した、電気ノイズを除去する新技術
  2. eFocusing*3 PLUS:フルフォーカス技術“eFocusing”に、空間分解能と深部感度の両立を加えた新技術
  3. ③ Wall Motion Reduction PLUS:受信信号のばらつき情報を利用し、体動を抑制する新技術

ARIETTA 650 DeepInsightは以下の2つの高画質化技術を投入し、コンパクトな筐体にバッテリも搭載したミッドハイレンジの装置である。

  1. ① DeepInsight技術:AI技術を活用して開発した、電気ノイズを除去する新技術
  2. eFocusing LITE:空間分解能と深部感度を両立し、フルフォーカスを実現した新技術

本稿では、DeepInsightシリーズを支えるこれらの高画質化技術について説明する。

図1 ARIETTA 850 DeepInsight 外観(左)とARIETTA 650 DeepInsight 外観(右)
図1 ARIETTA 850 DeepInsight 外観(左)とARIETTA 650 DeepInsight 外観(右)

2 ARIETTA 850 DeepInsight

2.1 DeepInsight技術

超音波診断装置は超音波を生体内に送信し、組織から反射してきた受信信号の振幅を利用して、被検者体内の組織構造を画像化する。超音波信号は生体内を伝搬する過程で信号強度が減衰する。一方、装置内では電気回路などから電気ノイズが発生し、超音波信号と混在する。特に体内深部や減衰の強い組織からの微弱な超音波信号は、電気ノイズに埋もれやすくなり、信号対雑音比の低下、視認性の低下につながる。図2に示すように電気ノイズの画像上の特徴はスペックル信号と類似しているため、超音波画像から従来手法でノイズ成分を除去すると、スペックル信号も除去してしまう懸念があった。したがって、超音波画像から電気ノイズを除去する際は、スペックル信号と電気ノイズを区別した上で、電気ノイズを適切に除去することが求められる。

図2 電気ノイズが多い超音波画像と電気ノイズを低減した超音波画像の例(腹部模擬ファントム)
図2 電気ノイズが多い超音波画像と電気ノイズを低減した超音波画像の例(腹部模擬ファントム)

特徴の似ているスペックル信号と電気ノイズを区別するために、画像化処理する前の超音波信号と、微細な特徴の違いを高精度に認識できるAI技術を装置設計に活用した。図3に超音波診断装置の処理フロー概念図を示す。プローブで受信した超音波信号はさまざまな信号処理、画像処理を通して診断画像に変換される。画像化処理する前の超音波信号には音波の周波数や位相など、体内組織の状態を反映したより多くの情報が含まれ、電気ノイズとスペックル信号の違いを区別し得る特徴が残っている。この超音波信号に対し、AI技術を適用することで超音波画像から不要な電気ノイズを効果的に除去し、超音波信号のみを高精度に抽出することに成功した。

この技術を活用して開発した新しい電気ノイズ除去技術を“DeepInsight技術”として、DeepInsightシリーズに搭載した。

図3 超音波診断装置の処理フロー概念図
図3 超音波診断装置の処理フロー概念図

図4に腹部、下肢血管を対象とした“DeepInsight技術”の効果を示す。“DeepInsight技術”により、腹部では肝実質の細かさを維持しつつ、肝表面から腹部血管まで視認性の高い画像を実現している。同様に、下肢血管においても筋組織の細かさを維持しつつ、血管を明瞭に描出できている。AI技術を活用して開発した“DeepInsight技術”により、電気ノイズに埋もれやすかった体内深部まで、組織の形状や動態をより明瞭に描出することが可能となる。

図4 DeepInsight技術ON/OFF比較画像/上段左:腹部・DeepInsight技術OFF 右:腹部・DeepInsight技術ON/下段左:下肢血管・DeepInsight技術OFF 右:下肢血管・DeepInsight技術ON
図4 DeepInsight技術ON/OFF比較画像
上段左:腹部・DeepInsight技術OFF 右:腹部・DeepInsight技術ON
下段左:下肢血管・DeepInsight技術OFF 右:下肢血管・DeepInsight技術ON

2.2 eFocusing PLUS

ARIETTA 850に搭載したフルフォーカス技術“eFocusing”は、日本超音波医学会第18回技術賞を受賞し、臨床において高評価を得ている。フルフォーカス技術が搭載されるまでの超音波診断装置は単一フォーカスの1回の送信ビームに対し、数本の受信ビームを取得し、この送受信を繰り返すことで超音波画像を作成していた(図5)。そのため、送信フォーカス依存が課題であった。

eFocusing”では、1回の送信から従来より多数の受信ビームを形成し、受信領域が重なるように送信ビーム位置をシフトすることで、位置が重複している複数の受信ビームを合成する(図5)。この合成は各深度のサンプル点に送信フォーカスしていることに相当し、つまり送信ダイナミックフォーカスを実現している。従来と同様に、受信もダイナミックフォーカスであるため、“eFocusing”では送受信ダイナミックフォーカスを実現している。複数の送信から得られた受信信号を合成しているため、信号対雑音比の向上効果も得られ、 ペネトレーションが向上する。このように、“eFocusing”では、送受信ダイナミックフォーカスにより、従来の課題であった送信フォーカス依存が軽減され、送信フォーカス深度の設定操作が不要となる1)

図5 従来の方式(左)と<i>e</i>Focusing(右)の概略図
図5 従来の方式(左)とeFocusing(右)の概略図

ARIETTA 850 DeepInsightでは “eFocusing”をさらに進化させ、空間分解能と深部感度の両立を実現する“eFocusing PLUS”を搭載した。超音波診断装置では、高周波数は空間分解能に優れるが深部感度は劣る、低周波数は深部感度に優れるが空間分解能は劣るというトレードオフの関係があり(図6)、被検者依存の一要因と考えられる。“eFocusing PLUS”は被検者依存のさらなる低減をめざし、“eFocusing”をベースに送受信周波数の異なるスキャンを行い、空間分解能に優れる高周波数での画像、深部感度に優れる低周波数での画像から、それぞれ優れた部分を取り出し合成する。

図6 空間分解能に優れ、深部感度は劣る高周波数での超音波画像(左上)と深部感度に優れ、空間分解能は劣る低周波数での超音波画像(左下)と空間分解能、深部感度を両立する超音波画像(右)
図6 空間分解能に優れ、深部感度は劣る高周波数での超音波画像(左上)と
深部感度に優れ、空間分解能は劣る低周波数での超音波画像(左下)と
空間分解能、深部感度を両立する超音波画像(右)

図7に腹部、下肢血管を対象とした“eFocusing PLUS”の効果を示す。“eFocusing PLUS”により、腹部では近距離の肝表面から肝実質の細かさを維持しつつ、横隔膜に近い深部の肝実質まで感度の高い画像を実現している。同様に、下肢血管においても筋組織の細かさを維持しつつ、深部感度を向上させ、血管を明瞭に観察することができる。“eFocusing PLUS”では、周波数を切り替えずに空間分解能と深部感度の両立が可能かつ安定して画像を描出することができ、被検者依存を低減する。これにより、検査時間の短縮が期待できる。

図7 <i>e</i>Focusing PLUS ON/OFF比較画像/上段左:腹部・<i>e</i>Focusing PLUS OFF 右:腹部・<i>e</i>Focusing PLUS ON/下段左:下肢血管・<i>e</i>Focusing PLUS OFF 右:下肢血管・<i>e</i>Focusing PLUS ON
図7 eFocusing PLUS ON/OFF比較画像
上段左:腹部・eFocusing PLUS OFF 右:腹部・eFocusing PLUS ON
下段左:下肢血管・eFocusing PLUS OFF 右:下肢血管・eFocusing PLUS ON

2.3 Wall Motion Reduction PLUS

ARIETTA 850のColor Dopplerモードは、Color Flowに加え、空間分解能に優れ、はみ出しが少ないeFlowで大血管から微細血管まで観察可能であった。一方、これらのColor Dopplerモードでは、プローブの動きや心拍動による体動ノイズが生じる。従来、体動ノイズが血流信号よりも速度が遅い傾向にあることを利用し、速度の違いで体動ノイズを低減する“Wall Filter機能”(図8)、“Wall Motion Reduction機能”が用いられてきた。血流信号の速度が体動ノイズに対し十分に速い場合、これらの機能により体動ノイズのみを除去することができる。しかし、血流信号の速度が遅い場合、血流信号と体動ノイズの速度が同程度で、これらの機能では体動ノイズを除去しきれず、残留してしまう場合も少なくない。

図8 血流信号の速度が速い場合(左)と遅い場合(右)でのWall Filter機能
図8 血流信号の速度が速い場合(左)と遅い場合(右)でのWall Filter機能

今回、ARIETTA 850 DeepInsightは、血流信号と体動ノイズの速度が近い場合でも体動ノイズを選択的に抑制可能な“Wall Motion Reduction PLUS(WMR PLUS)機能”(図9)を搭載した。Color Dopplerモードでは複数回の送受信からドプラシフトを検出し、血流を画像化している。複数回の受信信号間にはばらつきが生じるが、ばらつきの傾向は血流信号と体動ノイズでは異なる。血流信号は複数回の受信信号間で速度は一定でばらつきは小さくなる。一方、体動ノイズはプローブの動きや心拍動による速度は一定ではなく、ばらつきは大きくなる。“WMR PLUS機能”ではこれらの特性を利用し、ばらつきの大きい成分を体動ノイズと判断し、積極的に抑制している。

図9 WMR PLUS機能概略図
図9 WMR PLUS機能概略図

図10に腹部、下肢血管を対象とした“WMR PLUS機能”の効果を示す。“WMR PLUS機能”により、腹部では心拍動による体動ノイズが抑制され、肝静脈血流の視認性が向上している。同様に、下肢血管においてもミルキング、プローブ走査によるノイズが顕著に抑制され、静脈血流の視認性が向上している。“WMR PLUS機能”では体動ノイズを大きく抑制し、安定した血流描出を実現する。

図10 WMR PLUS機能 ON/OFF比較画像/上段左:腹部・WMR PLUS機能 OFF 右:腹部・WMR PLUS機能 ON/下段左:下肢血管・WMR PLUS機能 OFF 右:下肢血管・WMR PLUS機能 ON
図10 WMR PLUS機能 ON/OFF比較画像
上段左:腹部・WMR PLUS機能 OFF 右:腹部・WMR PLUS機能 ON
下段左:下肢血管・WMR PLUS機能 OFF 右:下肢血管・WMR PLUS機能 ON

3 ARIETTA 650 DeepInsight

3.1 eFocusing LITE

前述の“eFocusing”や“eFocusing PLUS”は、プレミアムレンジの製品に搭載した高性能なハードウェアを生かし、実現している。一方、ミッドハイレンジの製品では、価格やサイズ等の制約から、プレミアムレンジの製品に比べハードウェア性能にも制約があるため、コンパクトな筐体でフルフォーカスを実現できるようにより適切に送受信設計した“eFocusing LITE”を開発し、ARIETTA 650 DeepInsightに搭載した。

図11に腹部、下肢血管を対象とした“eFocusing LITE”の効果を示す。腹部では肝表面から肝実質の細かさを維持しつつ、横隔膜に近い深部の肝実質まで感度の高い画像を実現している。同様に、下肢血管においてもフォーカス付近の血管の視認性を保ちつつ、浅部から深部まで筋組織の細かさを向上している。

図11 <i>e</i>Focusing LITE ON/OFF比較画像/上段左:腹部・<i>e</i>Focusing LITE OFF 右:腹部・<i>e</i>Focusing LITE ON/下段左:下肢血管・<i>e</i>Focusing LITE OFF 右:下肢血管・<i>e</i>Focusing LITE ON
図11 eFocusing LITE ON/OFF比較画像
上段左:腹部・eFocusing LITE OFF 右:腹部・eFocusing LITE ON
下段左:下肢血管・eFocusing LITE OFF 右:下肢血管・eFocusing LITE ON

4 まとめ

AI技術を活用して開発した“DeepInsight技術”をはじめ、さまざまな新技術を紹介した。DeepInsightシリーズはその技術を惜しみなく搭載したモデルとなる。ARIETTA 850 DeepInsightはより高い画質を求めるユーザーの要求に応え、ARIETTA 650 DeepInsightはコンパクトな筐体を生かし、臨床領域や検査環境を選ばず質の高い診断を支える。

富士フイルムヘルスケア株式会社は、超音波診断装置のリーディングカンパニーとして今後もユーザーの多様なニーズに応え、医療の発展と人々の健康の維持増進に貢献する。

販売名:超音波診断装置 ALOKA*4 ARIETTA 850
医療機器認証番号:228ABBZX00147000

販売名:超音波診断装置 ARIETTA 650
医療機器認証番号:303ABBZX00058000

AI技術のひとつである機械学習を用いて開発した新しいノイズ除去技術であり、製品の導入後に性能・精度が変化することはありません。
製品の改良により予告なく記載されている仕様が変更になることがあります。
*1
DeepInsight、*2 ARIETTA、*3 eFocusingは富士フイルムヘルスケア株式会社の登録商標です。
*4
ALOKAは日本レイテック株式会社の登録商標です。