乳房超音波検査のワークフロー改善を目的としたeScreeningの開発Development of a new function "eScreening" to improve workflow in breast ultrasound

  • 西浦 朋史1)Tomofumi Nishiura
  • 井上 健太1)Kenta Inoue
  • 竹本 昂生2)Kosei Takemoto
  • 藤原 洋子1)Yoko Fujihara
  • 辻田 剛啓1)Takehiro Tsujita
  • 桒山 真紀1)Maki Kuwayama
  • 村山 直之1)Naoyuki Murayama

1) 富士フイルムヘルスケア株式会社
2) 富士フイルム株式会社

乳がん検診の受診者増加にともない、マンモグラフィとの併用検査としての乳房超音波検査のニーズが高まっているものの、検査精度のばらつきや、熟練した検査者の不足が課題となっている。
当社は、乳房超音波検査における検査者の負担軽減を目的として、周囲と輝度の特徴が異なる領域をリアルタイムに超音波画像上で強調する、eScreening機能の開発を行った。強調処理においては、Deep Learningを用いた画像認識処理を導入し、さらに、強調表示の理解をサポートする当社独自の表示(eScreening Map、eScreening Graph)も備えている。
本稿では、eScreening機能について紹介し、ファントムを用いた性能評価、臨床適用例を示す。

With the increase in the number of people undergoing breast cancer screening, there has been a growing need for breast ultrasonography as a combined modality with mammography. However, differences in examination accuracy and shortages of professional operators are challenging issues.
To reduce the burden on operators in breast ultrasound, we developed a new function, "eScreening" emphasizing regions having different brightness features from the surrounding ultrasound image in real-time.
Emphasizing process is based on image recognition technology using deep learning. Furthermore, eScreening has our unique display functions (eScreening Map, eScreening Graph), improving accountability of emphasizing.
In this report, we describe the characteristics of eScreening, performance evaluation results by using phantom, and clinical application examples.

Key Word

  • Breast Ultrasound
  • Ultrasound Workflow
  • eScreening
  • Real-time Processing
  • Deep Learning

目次

1 はじめに

1.1 乳房超音波検査における課題

乳がんは、日本人女性が罹患するがんのなかで最も多く1)、生活習慣・環境因子等の影響により患者の増加が見込まれている。また、若年性・遺伝性乳がんに対する関心の高まり、ピンクリボン運動等の啓発活動により、乳がん検診受診者は増加傾向にある。

死亡率減少効果が科学的に証明された乳がん検診方法はマンモグラフィであるが、高濃度乳房でのがん検出率の低下が課題といわれており2)、併用検査としての超音波検査のニーズが高まっている。しかし、マンモグラフィに比べ、超音波検査に従事する超音波検査者が不足している3)ことから、検査者の疲弊による見落としが懸念されている。4) 5)

1.2 eScreeningの開発目的

われわれは、乳房超音波検査のワークフロー改善に取り組んできた。この中で、医療機関へのヒアリングに基づき課題の分析を行ったところ、限られた検査時間の中で、リアルタイムに超音波画像から拾い上げるべき対象を検索する時に集中力や注意力を要していることがわかった。

そこで、乳房超音波検査における検査者の負担軽減を目的とし、周囲と輝度の特徴が異なる領域をリアルタイムに超音波画像上に強調表示することで検査をサポートするeScreening機能の開発を行った。

2 eScreeningの特長機能

本機能はAI技術*1の一種であるDeep Learningを用いた画像認識技術に基づいており、領域の強調表示(eScreening Mark; 2.4節)、強調の様子を2次元化したマップ表示(eScreening Map; 2.5節)、および強調の様子を時系列に再構築したグラフ表示(eScreening Graph; 2.6節)からなる(図1)。

図1 eScreeningのファントム撮像時の表示例 ①eScreening Mark(2.4節)、②eScreening Map(2.5節)、③eScreening Graph(2.6節)
図1 eScreeningのファントム撮像時の表示例
eScreening Mark(2.4節)、②eScreening Map(2.5節)、③eScreening Graph(2.6節)

2.1 強調の対象

eScreeningは強調対象別に2つのパターンを持つ(図2)。Type1では、図2、①~④に示すような周囲と輝度特徴の異なる領域に共通する特徴と類似した領域を強調する。Type2では①~④に加えて、⑤に示すような領域と特徴が類似した領域も強調する。

図2 強調対象のイメージ
図2 強調対象のイメージ

2.2 強調処理のしくみ

強調処理の原理について説明する。われわれは、強調対象である領域をROI(Region of Interest)で囲んだ数千例の乳房超音波画像を教師データとして採用した。これらの教師データを用いてDeep Learningにより特徴の値と組み合わせパターン(推論モデル)を学習した(図3)。

推論時にはBモード画像を学習済みの推論モデルに入力することで輝度特徴量に応じた強調領域を抽出する。これらの強調領域のうち、ユーザーが指定した閾値以上の輝度特徴量を持つ領域を値の大きなものから強調表示する。閾値は3段階変更が可能となっている(eScreening Sensitivity; 2.7節)。

図3 Deep Learningによる学習/推論のフロー
図3 Deep Learningによる学習/推論のフロー

2.3 リアルタイム処理の実現

Deep Learningを用いて開発した画像認識処理は、一般的に多くの演算コストを要する。われわれはGPU(Graphics Processing Unit)をはじめとする複数の演算プロセッサを協調動作させることにより、既存のBモード画像作成処理を損なうことなく、2.2節に述べた輝度特徴量の算出処理を高速かつ同時に実行されるように開発を行った。これにより、これまでのBモード画質を維持したまま、リアルタイムでの強調処理を超音波診断装置上で実現した。

2.4 eScreening Mark

eScreening Mark(以降、「Mark」と表記)は、Bモード画像上に閾値以上の輝度特徴量を持つ領域を強調表示したものである。

2.5 eScreening Map

eScreening Map(以降、「Map」と表記)は、輝度特徴量の分布を色分けし表示したものである。本表示は、Markによる強調有無の二択ではなく、連続的な数値である輝度特徴量をカラーマップ変換したものである。Map上での空間表示はMarkの中心座標から生成されているため、Bモード画像上の対応する構造物の中心位置を示すが、Mapの広がりは構造物の形状を必ずしも反映していないことに注意する。本表示では閾値以下の輝度特徴量も表示することで、画像内の構造物に対するさまざまな輝度特徴量を確認可能である。輝度特徴量はMark表示に至る中間的な情報であり、可視化により強調表示の理解を助けるものとなる。

2.6 eScreening Graph

eScreening Graph(以降、「Graph」と表記)は、Map上の輝度特徴量の最大値を時系列表示したものである。本機能(Graph)の特長は、輝度特徴量とMark表示閾値の大小関係を同時に表示することにある。Graph上の輝度特徴量を確認しながら閾値の設定を変更することで、Mark表示有無の調整が行える。また、大きい輝度特徴量を含むフレームを時系列的に確認可能であり、シネメモリの画像サーチにより強調表示されたフレームの探索が容易になる。

2.7 eScreening Sensitivity

eScreening Sensitivity(以降、「Sensitivity」と表記)はMarkの表示閾値をユーザーが指定する機能である。Graphにより、輝度特徴量がSensitivity:2で設定された閾値未満のため強調表示がされていない(図4(a))ことや、Sensitivity:1で設定された閾値に変更することでMarkが表示される(図4(b))ことがわかる。この閾値はGraph上に破線で表示され、輝度特徴量が閾値以下であるために対象の強調表示がされない場合、Sensitivityを調整することで強調表示が可能になる。

図4 eScreening Sensitivityの適用例(a)閾値未満のため強調表示されない (b)Sensitivityを変更することで閾値以上となり強調表示される
図4 eScreening Sensitivityの適用例
(a)閾値未満のため強調表示されない (b)Sensitivityを変更することで閾値以上となり強調表示される

3 性能評価

3.1 ファントムによる強調表示の性能評価

eScreeningの強調表示の性能を確認するため、ささまざまな大きさおよび輝度のファントムを用いて強調性能を評価し、3mm径以上の円形構造物に対してMarkが表示されることを確認した(図5)。また、対象物と周辺の輝度差が大きいものから小さいものまで同様に強調されることを確認した(図6)。

図5 サイズ(径)の違いによる強調結果
図5 サイズ(径)の違いによる強調結果
図6 輝度の違いによる強調結果 対象物の輝度(周辺部との輝度差32dB、22dB、10dB、4dB)を変えた4種類のファントムでの評価結果
図6 輝度の違いによる強調結果
対象物の輝度(周辺部との輝度差32dB、22dB、10dB、4dB)を変えた4種類のファントムでの評価結果

3.2 画質調整に対するロバスト性評価

eScreeningの強調結果が超音波診断装置の画質調整に対してロバストであることを確認するため、ゲインを変更しながら画像を撮像し評価した。超音波装置の初期設定から±20dB程度のゲイン値に対してMarkが表示されることを確認した(図7)。

図7 ゲインの違いによる強調結果
図7 ゲインの違いによる強調結果

4 臨床画像例

下記に臨床データでのeScreeningの適用例を示す。図8は最大径約2cmの低エコー腫瘤に対し、端から超音波スキャンを行った例であり (a)から順にGraph内各時相での強調表示結果を示す。(a)、(c)は腫瘤の端に近いフレームであるが、いずれにおいてもMarkにより強調され、Mapも高い輝度特徴量を示していることを確認できる。また、Graphも安定して高値をとっていることから、フレームごとの腫瘤が示す画像特徴はさまざまであるものの、輝度特徴量が高いことが継続していることがわかる。

図8 低エコー腫瘤のMark、Map、Graph表示例(Type1, Sensitivity:2)(a)腫瘤描出開始付近(b)腫瘤中心付近(c)腫瘤描出終了付近(日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生ご提供)
図8 低エコー腫瘤のMark、Map、Graph表示例(Type1, Sensitivity:2)
(a)腫瘤描出開始付近(b)腫瘤中心付近(c)腫瘤描出終了付近
(日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生ご提供)

図9は約1cm大の淡い低エコー領域と構築の乱れを有するBモード画像への適用例である。(a)のように強調されないフレームと(b)のように強調されるフレームが混在していることからも、図8の症例と比較して、輝度特徴量が小さいことがわかる。この傾向はMapの強度およびGraphの大きさから空間的かつ時系列的に把握できる。このような場合、Markでのより安定した強調のために、Sensitivityの調整も選択肢の一つとなりうる。

図9 淡い低エコー領域と構築の乱れのMark、Map、Graph表示例(Type1,Sensitivity:2)(a)強調されないフレーム(b)強調されたフレーム(日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生ご提供)
図9 淡い低エコー領域と構築の乱れのMark、Map、Graph表示例(Type1,Sensitivity:2)
(a)強調されないフレーム(b)強調されたフレーム
(日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生ご提供)

そのほか、非腫瘤をはじめ、小嚢胞集簇やエコー輝度が低くない腫瘤における強調例を図10に示す。引き続きこのような臨床的知見の蓄積を行ってゆく。

図10 (a)非腫瘤の強調例(Type1,Sensitivity:2 )(b)小嚢胞集簇を含む強調例(Type2,Sensitivity:1 )(c)等エコー腫瘤(Type1,Sensitivity:1 )(日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生ご提供)
図10 (a)非腫瘤の強調例(Type1,Sensitivity:2 )(b)小嚢胞集簇を含む強調例(Type2,Sensitivity:1 ) (c)等エコー腫瘤(Type1,Sensitivity:1 )
(日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生ご提供)

5 まとめ

乳房超音波検査における検査者の負担軽減を目的としたeScreening機能を開発した。

本機能は、周囲と輝度の特徴が異なる領域を超音波画像上で強調して検査をサポートするものであり、Deep Learningによる画像認識技術とGPU演算を組み合わせることで、リアルタイムでの強調処理を実現した。

ファントムによる性能評価により、強調される構造物の傾向を示すともに、画質調整に対するロバスト性を有することを確認した。臨床例においても、さまざまな形態の病変において強調表示されることを確認した。

今後とも、乳房超音波検査のワークフロー向上に寄与する機能開発を進めていきたい。

謝辞

本機能の開発に関し、共同研究でご指導頂きました東京慈恵会医科大学付属病院 総合医科学研究センター人工知能医学研究部 放射線医学講座 中田典生先生、ならびに日立製作所 日立総合病院 乳腺甲状腺外科 主任医長 伊藤吾子先生に厚く御礼申し上げます。

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*1
AI技術のひとつであるDeep Learningを用いて開発・設計したものです。実装後に自動的に装置の性能・精度は変化することはありません。
*2
富士フイルムは医療画像診断支援、医療現場のワークフロー支援、そして医療機器の保守サービスに活用できるAI技術の開発を進めこれらの領域で活用できるAI技術を「REiLI」というブランド名称で展開しています。
また、REiLIは富士フイルム株式会社の登録商標です。

参考文献

1)
がんの統計編集委員会 : がんの統計2022 : 14-15, がんの統計編集委員会, 公益財団法人 がん研究振興財団, 2022.
2)
Noriaki Ohuchi, et al. : Sensitivity and specificity of mammography and adjunctive ultrasonography to screen for breast cancer in the Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial (J-START) : a randomised controlled trial, Lancet, 2016 Jan 23; 387(10016) : 341-348, 2016.
3)
白井秀明 : 乳癌検診における超音波検査実施者に対する精度管理 : 日本乳癌検診学会誌, 21(3) : 237-241, 2012.
4)
冨永愛: 乳癌見落しが問題となった裁判例に見るエコー所見と精査義務 : 日本乳癌検診学会誌, 22(1) : 90-94, 2013.
5)
辻本文雄 : 乳がん検診で所見を拾わないコツ・見落とさないコツ―MMGとUSを対比して― : 日本乳癌検診学会誌, 23(2) : 161-184, 2014.